恩を返す
世の中が複雑多様化しても、変わらない思いや変えられない道理があります。それは感謝の心です。それを伝える「ありがとう」は、有り得ることが難しいという言葉です。人との出会いや物との巡り合い、そして生まれ出でること。すべてが何千、何万、何億分の一という確率で、そこに存在するから、有ることが難しい…だから有り難い。 今ある自分の存在もまた有ること難しです。そんな自分を世に出してくれた親を大切にしましょう。気付いているならそれでよし。いま気付かなくても必ずそれに感謝する時がきます。その時その広さ、深さ、重みを身に刻みましょう。
自分の手足に触れてみましょう。鏡の前の自分を見ましょう。それは全部親からの贈り物です。有り難い自分を大切にしましょう。あなたがあなた自身を大切にすれば、亡き親であれ、健在の親であれ、それが一番の恩返しとなるはずです。
出典:日蓮宗ポータルサイト『今月の聖語』 2022年7月号
先月のことです。祖母が98歳の天寿を全うし霊山浄土へと旅立ちました。関東大震災が発生した大正12年9月1日生まれの祖母。毎年9月1日の防災の日には、「今年で関東大震災から◯◯年目を迎えます。」というニュースを耳にします。それを聞いて「今年でおばあちゃん◯◯歳だな」と祖母のことを思い出しておりました。
祖母が生まれた場所は横浜でした。震源地に近い横浜では、関東大震災で甚大な被害があったことが知られています。そんな大変な日に生まれた祖母も大変だったと思いますが、祖母を産んだ曾祖母さん達も当時は大変苦労したはずです。
そろばんが得意だった祖母。4人の子供を育てるために築地の魚市場の帳場で働いていました。生活はかなり困窮していたそうです。祖父が健在の頃に古い一枚の家族写真を見せて、この頃には一家で無理心中しようかと迷ったこともあったと吐露したことを思い出しました。
葬儀の花入れの時には、その古い写真とともに、祖父が祖母へ書いた沢山の手紙も棺に入れました。筆まめだった祖父の懐かしい字を久しぶりに見て、祖父母との色々な思い出が蘇りました。
大正、昭和、平成、令和と激動の時代を生きてきた祖母の葬儀に参列し、「有難う」の言葉の意味を再確認いたしました。
海徳寺住職:加藤智章