途切れさせない信仰
「火の如き信仰」「水の如き信仰」と聖人はよく申されます。燃えさかる信仰も大切であるが淡々と流れ続ける信仰こそが肝心であると。流れるとは自身のみならず次代に繋がっていくことも含まれているのです。
出典:日蓮宗ポータルサイト『今月の聖語』 2019年2月号
近頃「信仰は自分一代のもの。子や孫に強制するつもりはない」と言われる方もおられます。一見物わかりがよさそうですが、信仰とは生きる上での土台となる何物にも代え難い遺産です。それをどうして次に譲ってあげないのでしょうか。今一度熟慮してみてください。
先日、佐賀県小城市にある本山・光勝寺の落慶法要に参列いたしました。
日蓮宗は総本山を身延山久遠寺とし、大本山には中山法華経寺や池上本門寺等の七ケ寺、本山には四十九ケ寺あります。日蓮聖人がおられたゆかりの場所が本山となっていることが多く、最も多いのが静岡県で十二ケ寺。次いで千葉県で十一ケ寺。そして、今回お参りした本山・光勝寺は九州唯一の本山です。
光勝寺は中山法華経寺の大檀越であった千葉胤貞(たねさだ)が創立いたしました。当時は蒙古襲来という元寇の危機があり、鎌倉幕府は九州地方の守りを固める必要がありました。探題職となり九州に赴任した千葉胤貞は、中山法華経寺第三世の日祐上人を師範として筑前に赴き、日祐上人の祈りによって大役を勤めることができたことに感謝し、小城の地に千葉城を築城し、そして光勝寺を建立しました。
第十四世までは中山法華経寺の貫首(=住職)が光勝寺の住職も兼務するという両山一主制でしたが、第十五世に専任の住職を迎えました。それが「鍋かむり日親上人」で有名な久遠成院日親上人です。日親上人は九州各地でお題目の信仰を広め、九州における日蓮宗の拠点となったのが佐賀県の光勝寺でした。
その後、鍋島藩の外護や後水尾天皇の帰依等により光勝寺は発展しましたが、近年では本山なのに「廃寺」と揶揄されるほど老朽化が酷かったようです。
令和三年に就任された松島貫首様は、本山復興という難題に直面し、お寺としては真新しいクラウドファンディングにも挑戦されました。自身もSNSを通じて「お寺でクラファン?」という珍しい企画を知りました。それが日蓮宗の本山・光勝寺であり、さらに貫首様が、自身が法華経寺での荒行をお手伝いしていた時に伝師(=先生)をされていた松島貫首様であることも知りました。
今回貫首様から色々なお話を拝聴し、本山復興に対する並々ならぬ熱意は「火の如き信仰」であり、穏やかで物静かな口調の根底には「水の如き信仰」も併せもっておられることを知りました。歴史ある本山の落慶法要に参加し、後世に信仰を伝えることの大切さと難しさを感じました。今月は宗祖日蓮聖人の第七四五回目の御会式法要を行います。どうぞ皆様ご参詣下さい。
海徳寺住職:加藤智章
令和8年11月 海徳寺 寺報


令和8年11月号 海徳寺寺報
