令和7年10月 海徳寺 寺報

優しい気持ち

ホームに入る電車を駅員が待ち構えています。電車の扉が開くと、駅員は板を渡して車椅子の乗客の下車を補助しました。乗客は笑顔で「ありがとうございます」とお礼をいい、駅員も「どうぞお気をつけて」と笑顔で応えていました。

駅でよく見る1コマですが、小さな理想郷がそこに見えています。健常者も障がいを持つ人も等しく生活しやすい環境。知らない者同士でも感謝し、挨拶し、微笑み合う世界。殺伐としたニュースが溢れる世の中にも、ちゃんとこういう世界が創られており、その輪がもっと広がればと思いました。

宮沢賢治は「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」といいます。例えば自分が健康でも家族が病気ならどうでしょう? 社会でも同じです。みんなが優しい気持ちになり支え合うことが、みんなが幸せになる道です。                  出典:日蓮宗ポータルサイト『今月の聖語』 2024年7月号

自分が幸せになるためにはどうすれば良いのでしょうか。

その答えはどうやら、自分ではなく、他者の幸せを願い、そして他者を想い、祈ることのようです。

最近読んだ書籍(科学的に証明された凄い習慣大百科)に記されていました。国内外様々な研究結果が紹介され、行動の習慣化を科学的に証明し紹介されていました。その中でも特に気になったのが今回のお話です。

自分が幸せになるために、他者を想う。たしかに妻が幸せそうにしている姿を見ると、私も幸せな気持ちになります。これは自分の祖父母、両親、兄弟、子供、孫、自分にとって大切な存在の方、そして全く知らない他人でも同じようです。つまり、自分だけが幸せになることを願っていても、なかなか自分自身の幸福度はあがらず、誰かの幸せを願うことで幸福度が増し、誰かを想い、祈ることにより心と人生の満足度が高くなる。ということです。

これはなんと立正安国の精神なのです。他人の幸せを願う。利他行であり、菩薩行であり、これが大乗仏教なのです。自分だけ良ければいいと思う行動では結果的に幸せを感じることは難しいようです。

科学の発達していない時代にこの事実にすでに気づかれた日蓮大聖人。改めて凄いお方です。さあ皆さん、自分が幸せになるために他人の幸せを願いましょう。それが幸せへの近道です。        

(海徳寺山務員・山田甲希)

令和7年10月 海徳寺 寺報