令和8年10月 海徳寺 寺報

父母の思い

「よっぽどあんたに会いたかったんだね。おっかさん」

 幼い頃、母親に置いて去られ、孤児として育った女性に、知人が語りかけました。女性はこの言葉に心を揺さぶられます。自分を置いて去った母への複雑な思いが、「産んでくれただけでありがたい」という感謝の気持ちに変化していく、あるテレビドラマの感動的なシーンです。

 産んでくれと頼んだわけではないのに、あれこれうるさくいわれ、「うっとうしい!」「いなくていい!」と、父母に対して思ったこともあるでしょう。

 でも私たちは誰しも「ようこそ」と歓迎されてこの世に産まれてくるのです。

 このドラマでは、「あなたに会いたかった」という父母の思いに気づいた時、「私の頭は父母の頭、私の足は父母の足、自分の身体はお父さんお母さんそのものなんだ」と感謝の心がわきました。境遇は違うかもしれませんが、みな同じなのです。

出典:日蓮宗ポータルサイト『今月の聖語』 2026年8月号

一月に始まった令和八年もあっという間に十月になりました。その通りです。でも言わせてください。もう十月です。
思えば一月に今年の目標を掲げましたが、皆さんどうでしょうか。思い通りの令和八年をお過ごしでしょうか。

八月のお盆の時期に塔婆を持ちお坊さんの衣を着て歩いていました。ちょうど私の少し後ろを通りすがりのお母さんと女の子が歩いていました。「あの人なんであんな格好してるの?」と声が聞こえてきました。
さらに「なんでおっきいアイスの棒持ってるの?」とも。

その女の子から見れば、このお塔婆は、おっきなアイスの棒なのか。きっとアタリだな。
子供の感性とは面白いな。と笑ってしまいました。
そしてふと、自分も両親とこうして歩いている時にいろんな質問をしていたな。と思い、忘れていた様々な出来事を思い出しました。大人になるにつれて会話も少なくなり、照れくさくて日頃の感謝の気持ちを言葉に出来ずにいます。

両親だけでなく妻や子供たち、元気な孫や職場、近所の方々、感謝の思いは持っていてもなかなか言葉にするのは難しいものです。でも言わせてください。そんな思いはちゃんと言葉にして伝えた方が良いんです。
お盆、お彼岸とお墓参りをすることで昔を思い出し、改めて感謝しなければなと思いました。

叱られた 恩を忘れず 墓参り 

(海徳寺山務員・山田甲希)

令和8年 海徳寺 寺報