平成29年10月 海徳寺 寺報

災いは口より出でて身を破る

一生が間 賢なりし人も 一言に身をほろぼすにや

出典:日蓮宗新聞社発行『今月の聖語』

このところの報道を見ると、女性国会議員の方が秘書の方を罵倒する音声が繰り返し流されています。その報道を見て、お釈迦様の次のようなエピソードを思い出しました。

お釈迦様在世の話です。お釈迦様が多くの方から慕われ、尊敬されていることにひがんでいる男がいました。

「なぜあんな男が皆から尊敬されるのだ。いまいましい」

その男は、お釈迦様を陥れる方法は何かないかと思案し、弟子や皆がいる目の前でお釈迦様の悪口を言って罵ることを思いつきます。悪口を言われればきっとお釈迦様も汚い言葉で言い返し、その姿を見て人々は幻滅するであろうというものでした。

男は、お釈迦様を待ち伏せし、汚い言葉でお釈迦様を罵ります。しかし、お釈迦様は黙ってその男の話を聞くのみです。傍にいた弟子達は見るに耐えなくなります。けれども、お釈迦様はただ黙ってその男の話を聞き続け、何も反論いたしません。やがて、ずっと罵倒していた男の方が疲れてしまい、その場に座りこんでしまいます。

すると、お釈迦様が男に対して次のような質問をします。

「もしもあなたが贈り物をしようとして相手が受け取らなかったら、その贈り物は誰のものですか?」

男はこの質問に対し、「相手が受け取らないのなら、その贈り物は、贈ろうとした者のものだろう」と答えます。そして、この質問の意図に気が付きます。

男はお釈迦様のことを罵倒しましたが、お釈迦様はその言葉を受け取りませんでした。つまり、罵倒した言葉は、その男が受け取ることになるのです。

今回の一連の報道を見ると、議員さんが発した言葉は、結局はブーメランのように自分自身の身に返ってきている気がいたします。このお釈迦様のエピソードに加え、日蓮聖人の「一生が間賢なりし人も一言に身を亡ぼすにや」というこの御遺文も、今に生きる我々に通じる有り難い言葉です。

(海徳寺住職・加藤智章)

平成29年10月 海徳寺 寺報