厄、転じて幸いとなる
「竹が真っ直ぐに立っていられるのは間に節があるから」とはよく聞く言葉です。人も同じこと。人生に苦難という節があるからこそ、辛くとも大きく成長できるのではないでしょうか。
「厄」は「役立ちの役」そして「飛躍の躍」にも通じるものです。
その知恵と力を頂くために節分には日蓮宗寺院にてぜひ七難即滅七福即生の「厄」祈願をお受け下さい。
厄を転じてご利益をゲットせよ!日蓮聖人ご遺文
出典:日蓮宗ポータルサイト『今月の聖語』 2018年2月号
『四条金吾殿女房御返事』
本書は聖人の大信徒だった四条金吾氏の妻・日眼女に与えられたお手紙です。この年、女性の大厄といわれる33歳に当たることから、日眼女は身延に住まわれた聖人の下へ供養を送り、厄除けを祈願しました。その返礼状の一節です。
聖人の生涯を振り返った時、男性の節とも言われる42歳前後に伊豆法難、小松原法難。さらに50歳の折には龍口法難、佐渡流罪といった大難にあわれています。しかし、それはむしろ法華経への信仰の深まりと、ご自身の使命の揺るぎない確信に転じる天祐だったのです。
令和八年の新年を迎えて早くも一カ月。今年は六十年に一度の丙午(ひのえうま)ということで、何かと丙午にまつわる迷信を耳にいたしました。丙午の女性は「気性が荒く、夫を不幸にする」という信じがたい迷信は、江戸時代の大火と八百屋お七の物語が端緒となっているようです。前回の丙午であった昭和四十一年生まれの出生数は前年よりも二十五パーセントも減少しており、当時はその迷信がまことしやかに信じられていたことが数字からも読み取ることができます。
しかし、そのような縁起が悪いと思われることであっても、考え方によってはプラスに受け取ることもできるのではないでしょうか。例えば、生まれる子供の数が少ないということは、逆に競争相手も少ないとも解釈でき、六十年前の丙午生まれの方は受験や就職等に多少なりともプラスに作用したとも考えられます。
うま年の今年、このような逆転の発想はとても大事だなと思うようになりました。そのきっかけが、十二月に団参した中山法華経寺参道の蕎麦屋さんです。店の天井角に立派な縁起熊手があり、その中に「馬」が反対に書かれた飾りがありました。いわゆる「左馬」と呼ばれる縁起物です。
この左馬のいわれを調べてみると諸説ありました。「うま」を逆さまに読むと「まう=(舞う)」となり、飛躍の年となることを祈念するというものでした。また、通常は人が先導して馬が後に続くのに対し、人と馬の順序が逆となることで、馬が人を多く呼び込むということから商売繁盛の願いが込められていると。これまでお店などで何気なく目にしていた将棋の駒もよく見れば左馬でした。
左馬にまつわる新たな知見を得て法華経寺を後にいたしましたが、よくよく考えると鬼子母神も真逆でした。そもそも鬼子母神は人の子供をさらっては食べてしまう悪い鬼でした。困った村人がお釈迦様に相談したところ、お釈迦様は一万ともいわれる鬼子母神の子供の一人を隠しました。鬼子母神があちこち探しても子はみつからず、鬼子母神は初めて子供を失う悲しみを知りました。お釈迦様の教化によって改心した鬼子母神は、法華経を信じる人々を守護する神様・鬼子母神となり、安産や子育ての神様として古くから信仰されてきました。
今年厄年を迎える方、星回りが悪い方もおられると思います。迷った時には一度立ち止まり是非とも慎重に行動してください。大難は小難、小難は無難に、さらには災い転じて福となるような一年を心より御祈念申し上げます。
海徳寺住職:加藤智章
令和8年2月 海徳寺 寺報



