自分の心と向き合う
「りくりゅうペア」をはじめ、さまざまな国の選手の活躍で盛り上がったミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック。
他国のライバル選手の最高の演技やメダルの獲得を、互いに心から祝福し合う光景が見られました。他人の歓びを自分の歓びとして受けとめるその姿は、多くの感動を呼びました。
ともすると、私たちは他人を妬んだり、不幸を喜んでしまいます。これは、私たちの心のなかに他人を貶め自分のことしか考えない「地獄の心」から、他人に手を差し伸べる優しい「仏の心」まで、十段階に分かれる「十界」が存在するからです。
身の回りの出来事に対して、今の自分はどういう心の状態なのか。静かに自分の正直な心の状態を見つめてみましょう。
たとえそれが地獄のような心であっても、仏さまのような優しい心に変えてくれるのがお題目なのです。
出典:日蓮宗ポータルサイト『今月の聖語』 2026年7月号
先日、長男の高校野球最後の大会が終りました。
残念ながら三回戦敗退となりましたが、野球の奥深さを感じる試合でした。こちらは初回からチャンスをもらっているのに、走塁やバントミスなどでなかなか攻めきることができませんでした。逆にこちらのエラーや四球がことごとく失点につながり、決勝点もエラーでした。秋の大会で勝っていた相手だけに、流れをうまくつかめなかったことが悔やまれます。
この試合に向かう途中に、長男とスポーツの「流れ」について話をしました。サッカーでは、ホームとアウェイとで結果が大きく異なることがあります。場所が変わっても個々の能力には変化がないはずです。なのになぜ?このことを長年不思議に思っていました。
そして、最近たどり着いた結論が、「応援」という見えない力の存在です。決して目に見えない応援の力が選手に何らかの力を与えるのではないかと。その根拠が、脳科学者の中野信子さんの話です。人体を解剖しても、「心」だけは取り出すことができない。けれど「心」が存在しないかといえば、それを否定することもできない。最近では言霊(ことだま)という言葉を耳にします。同じように何かを思う人の心にも、見えない力がきっとあるのではないでしょうか。
最終回一点差の緊迫した場面で、これまで公式戦に一度も出場したことがない長男が代打で出場しました。チームメイトや父兄だけでなく、高校の同級生も球場に駆けつけ必死に応援してくれました。その時の応援の光景は、一生忘れることがない素敵な思い出となりました。そして気がついたのが、心から何かに感動することを何年も忘れていたなと。
まもなくお盆を迎えます。故人を介して先祖に思いを巡らす大切な行事がお盆です。日常の慌ただしさに振り回され、皆さんも何か大切なことを忘れていませんでしょうか?
海徳寺住職:加藤智章
令和8年8月 海徳寺 寺報


