令和4年11月 海徳寺 寺報

求道

茶道、華道、書道、柔道、剣道、弓道など。日本古来の伝統文化、スポーツには「道」が付くものが多くあります。

これらに共通するのは奥義を極めようとする求道心が伴っているということではないでしょうか。 その鍛錬の中で自ずと技も磨かれ向上していくのです。

ところでこの奥義に達するためには、自らが身心もろともにその世界に飛び込み、一体化を目指さなければならないことでしょう。

これすなわち仏道で説く「信」に通じるといえましょう。「道」は「信」によって達するのです。

出典:日蓮宗ポータルサイト『今月の聖語』

仏道とはお釈迦さまの教えを信じ自他ともに仏となれるように実践することです。 その中でも妙法蓮華経と南無妙法蓮華経のお題目をお唱えするのが我々日蓮宗信徒です。

修行中は正座をし何時間もお経やお題目をお唱えします。 声を大にして言えませんが、足が痛く、辛く、苦しみを感じたこともあります。 しかし、そんな中でもふと、充足感や楽しさ、言葉では言い表せない気持ちを感じる時がありました。

知好楽(ち・こう・らく)という言葉があります。
増田明美さんのお話で知りました。
論語に出てくる言葉で「知っているだけの人は好んでやっている人には及ばない。好んでやっている人は楽しんでやっている人には及ばない。」という意味です。

修行で楽しむと言うと語弊がありますが、辛く苦しい時でもそれが楽しさに変わるくらい好きになることが大事なのだと思います。

日常生活でも辛い時、苦しい時は必ずあります。しかし、その状況を楽しめる気持ちを持つことで心身に与える影響は違ってくるはずです。
言葉では簡単ですが、ふとした時に「自分は楽しめているか?」と考えてみる。

楽しそうにしている人には何故だか人が集まります。きっと、運や神様までもが集まってくるのではないでしょうか。

信仰とは難しいものです。
知る努力をし、より好きになり、 行うことが楽しくてしょうがない。
だから人に話したくなる。まさに「求道」です。
そんな僧侶に私はなりたい。

(海徳寺山務員・山田甲希)

令和4年11月 海徳寺 寺報